2019.06.23 Tweet
10:21
RT @tangegozen: 大鋸さんが「『うつろいの木』は<わかりにくさがわかりやすい>作品で、『食べること 生きること』は<わかりにくさが わかりにくい>作品」と言ったのは、言い得て妙だったけれど、『O介』は<わかりにくさがめちゃくちゃわかりやすい>作品。なんかいポップ。
22:40
木村悠介 サミュエル・ベケット『わたしじゃない』 | SCOOL 俳優さんはよかったが、正直に言うと、この演出はどうかと思った。トークゲストの?田恭大さん、一度お会いしたことがあったのでした。顔を見て思い出した。本を買えばよかった。今度、買おう。
23:58
RT @shntrsY: 興味関心というより、無目的な演出なんだと思う、あるいはそこまで演出家の手が回されてないだけか。身体と声の処理の仕方に、仕方なさみたいな、手慰みみたいな解像度の低さを感じたのは、どう解釈するべきか
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2019.06.14 Tweet
19:08
RT @tangegozen: ようやく見えてきたカタチが。何が『O介』の本質だったか。不思議なくらい、演出プランで役者に見せた描写のままだった。現場ではその演出がまったくできなかったと悔やんでいたけれど、無意識のうちにそれをやっていたのだな。演技としてというより、視点として。
19:08
RT @tangegozen: ↓そもそも、『O介』は現場では大鋸さんとの共同演出なのだけれど、脚本には大鋸さんが演出とある。その通りになった。わたしは「視点」として、カメラマンであり、同時に「演者」でもあるのだ。その通りの作品になっている。そして、編集も、いや編集こそ、視点な…
19:08
RT @tangegozen: ↓撮影中も思ったけれど、優れた脚本家というのは、物語構成が上手い人でも、流暢な言葉を弄する者でもなく、ある世界を予言(予見)する人のことなのではないか。脚本はだから、予言の書。「大鋸さん、すげ〜」と今ほんとうに思う。
19:08
RT @tangegozen: 最後にきて、作品の本質がしっかりと掴めつつある。すると不思議なことに、今まで組んできた映像、その文体が、まったくその本質に合わないことがわかった。たぶん、まったく新しく組み直す必要がある。文体よ顕れよ!と元気に振る舞っていますが、「いちからかよ」…
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2019.06.12 Tweet
22:14
RT @tangegozen: 『O介』編集日記:小さな発見 https://t.co/OLalacwIGE
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2019.06.11 Tweet
22:10
RT @tangegozen: 『O介』、どんどん良くなっていて、自分でも納得の出来なのだけれど、どう考えても売れない作風。だから、これが評価されなかったら表現を辞めようと思っている身としては、自分に対する喪の作業を行っているような気になる。同情してほしくて書いているズルさがゼ…
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2019.06.08 Tweet
10:38
RT @tangegozen: 見方を変えると違うものが見えてくる。編集が大変なのは、それを何度も何度も繰り返さなければいけないこと。好き好んで「自分が見たいもの以外」を見る人はいないと思うので、編集というのは本当に苦行だなと思う。だからこそ、最後の最後にはこれ以上ない喜びに変…
10:39
RT @tangegozen: ↓ある意味では「自分がこう見たい」という欲望を、徐々に徐々に消していく作業。自分が本当に無になって、世界の像が起ち上がった時に作品が完成する。仏教の修行みたいなものだな。
10:39
RT @tangegozen: ↓映像が流れていかない部分は、まだ、自分の中に「こう見たい」あるいは「こう見せたい」という執着があるから。それを捨てろ。
10:39
RT @tangegozen: 別の言い方をすれば、自分の中にある偏見と向き合い続ける作業のようなもの。編集ワークショップいつかやったら意義深いと思うけれど、撮影以上にこれは伝えづらい。というか、時間がかかる。
10:39
RT @tangegozen: この編集作業こそが、大鋸さんがわたしに課した「演出」、あるいは「脚本の指示」のような気さえしてきた。今、わたしは演じている最中というか。
13:04
RT @tamaranhill: 長い沈黙を破って、ようやく1つご報告ができることを嬉しく思います。 マルセイユ国際映画祭に入選いたしました!! https://t.co/DZiQJYrNTL
22:43
古谷利裕・上妻世海 虚構と制作〜「虚構世界はなぜ必要か?」刊行記念イベント〜 古谷さんに挨拶したときはうまく話せなかったが、この本の前提となっている古谷さんの「実存」について、フィクションの濃淡の軸とかとは別の、古谷さんの「言葉」で聞けたら、と思った。無作法かもしれないが。
22:50
『或る、ひとつの、惑星ソラリス』近文研。面白かった。不思議なチープさとロシア風味。デビッド・リンチっぽくもあり。
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2019.06.07 Tweet
19:18
RT @tangegozen: 「いい加減、世間の価値観に屈しろ」と言われ続けているような日々。その中で、真逆の『O介』編集作業。これが最後の作品になるかもしれない。だから、遺言として。
19:18
RT @tangegozen: よく考えれば、そもそも大鋸一正さんも、小説界の文脈どころか、世間の価値観ともまったく関係なく、自分の個の声を突き詰めて表現しているんだよな。必然性を感じる。
19:18
RT @tangegozen: わたしの作風は、自分でも不思議なのだけれど、個の表現になればなるほど、自分(主体・作者)が消えていくのです。
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2019.06.04 Tweet
19:25
RT @tangegozen: ↓とって付けたわけではなく、「O介」は当初からそういう作品なんです。この延々答えのないものを大鋸さんと、出演者と、こねくりまわして撮影し(仕込んで)、、、わたしが醸造しているような感覚。監督というより杜氏というか。
19:25
RT @tangegozen: ↓そう考えると、やはりわたしは社会派ではなく、「美」を追及しているのだと思います。
23:31
RT @tangegozen: ↓不思議なことに、「わたし」という円(O)を中心に、この二つは逆の指向性をもつ。このふたつのベクトルが別たれないかもしれない、繋がるかもしれない感覚をつくることが「O介」ということか、、、。ネタバレというより、自分でもよくわかっていない、、、ので…
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2019.05.23 Tweet
22:32
RT @tangegozen: 撮影直後は「もう一作つくらないと終われない」と思っていたし、公言もしていたけれど、編集が進むにつれ、「もうこれで終わってもいい」と思える。やりたいことのすべてが入っている。『O介』について。
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2019.05.21 Tweet
18:44
RT @tangegozen: 「O介」、文体がやっと掴めてきた。どんどんよくなる。どんどんかたちが変わっていく。こんな映画のつくり方をしている人は他にいないだろう。どこにもない映画。そう言ってもハードル上げすぎじゃないだけの作品になっていきている。もう少しです。
18:44
RT @tangegozen: 「O介」を作るために、今までの諸作があったような気さえする。初のフィクション作というより、ドキュメンタリーの集大成という感じ。
18:44
RT @tangegozen: 現実の断片から<ある意味で>「フィクション」を作ったのが『うつろいの木」ならば(『食べること 生きること』も広い意味では同じなのだけれど)、虚構の断片から「ドキュメンタリー」を起ち上げているのが『O介』。
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2019.04.25 Tweet
13:26
RT @tangegozen: フィクションとかドキュメンタリーとか、あまりそういう別け方はどっちでもよくて「世界の在りよう」についての映画しか作ってきていないし、『O介』もそういうもの。
13:26
RT @tangegozen: 『O介』は、とんでもない「観念映画」を作っているように思われるだろうし、深読みすれば確かにそうとも言えるのだけれど、撮られているものは具体でしかないし、なにより小難しい理屈はセリフに一切ないので、別に観念映画ではありません。
13:26
RT @tangegozen: 【『O介』新たな文体に向けて:断章 ♯20】 https://t.co/CDWtcLNYrY
13:26
RT @tangegozen: あるいは、松村圭一郎 中川理 石井美保 編『文化人類学の思考法』(世界思想社)の感想:追記。
19:03
RT @tangegozen: 『O介』の刺激的な点は、大鋸さんの視線が既に世界から「ズレ」ているから、更にそれを「ズラ」していくというエコー。
19:03
RT @tangegozen: まだ確信に至っていないのだけれど、たぶん、『O介』は、大鋸一正さんをわたしがドキュメンタリーした作品なんだと思う。ある意味では。大鋸さんでも自己認識できていない部分での。だから、フィクションであり、ドキュメンタリーでもある大鋸一正の世界。大鋸さん…
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